どんな貴方だって。
貴方は貴方に違いないの。
何時だって、何処だって。






Come and see me.






蝉の声が本格的にうるさくなってきて、日の光りも半端無く照り付ける。
幸い午前中のみの部活で、適当な顧問に感謝しながらも、この暑い中を帰るのはなかなか過酷な事だった。
アスファルトから跳ね返る光は私の顔を痛いくらいに射す。
汗で髪の毛がぺたりと頬について欝陶しくて、もう色々と苛々して。
たまらず私は、近くに落ちていた空き缶を思い切り蹴飛ばした。
こんな事をしたって苛々が解消されるわけじゃないって分かってるし、反動で揺れた私の髪が余計に頬にくっつく。

汗が、額から垂れる。

私は近くにあったファミレスに入ると、冷えた空気に思わず脱力。


「たるんどる!!」


きっと学校からここまでの私の一挙一動を見たならば、弦一郎はそう言うに決まってる。

そしたら私がいつもみたいに
「弦一郎はたるまな過ぎ。」
と小声で文句を言うんだ。

いつもだったら。

弦一郎がそう言ったって本当はそんなに苛々してないし、弦一郎はなんだかんだと文句を言いながらも一緒に着いてきてくれるのに。

たかが夏合宿で弦一郎がいない位で何してるんだろう、私。

店員さんの高い声にすら苛々しながら、メニューの中のアイスを選んだ。
制服でファミレスで一人でアイス食べてる私ってどうなんだろう、とか考えたけど、暑いもんは暑いんだから仕方ない。


何気なくバッグの中から携帯を取り出して開く。


『真田 弦一郎』

昨日の夜からずっと、私の携帯はそれを表示したまま。
今かけたら繋がらないかな。でも、お昼時だし。あぁ、迷惑かなぁ。
色々考えたけど、とりあえずボタンを押した。

「…もしもし?弦一郎?」
か?」

出た。というか繋がった。

「どうした?」
「どうもしない。弦一郎がどうしてるのかな、って。」
「ああ、何も問題無く過ごしているが。」
「が?」
「いや、何も問題無く過ごしている。」
が、っていうから、問題は無いけど、何かあるのかと思った。

「あ。あのさぁ、弦一郎って帰って来ないの?」
「週末には帰る。」
「そんなのは知ってるよ。」
「他にないだろう。」
「抜け出して来てよ。」

あ、何言ってんの私。

「無理に決まっているだろう。」
「冗談、分かってるよ。練習頑張って。それじゃあね。」

そう言って一方的に切ってしまった。

それから弦一郎から電話がかかってくる事はなくて。
まあ忙しいだろうしね、当たり前なんだけど。






そうして、やってきた週末。

結局私は弦一郎に会いたかったわけで、それが今日果たされるかもしれないわけで。
『かも』なのは、弦一郎次第という事。
弦一郎から電話がきたら会えるだろうけど、長い合宿で疲れているだろう弦一郎をわざわざ呼び出すわけにもいかないから。
今の所、電話がくる可能性の方が低いけれど。

私は、かかってくるかどうかも分からない携帯の目の前で、座ったり、寝転んだり、漫画を読んだりした。


だけど、やっぱり電話は来なくて。

少しがっかりしたけど、分かってたし。

日も沈み始めて、私はカーテンを閉めようとした。

「弦一郎?」

窓の外、玄関の前には弦一郎の姿。

クーラーを付けていて、閉め切っていた窓を開けた。

「弦一郎!!」
「あぁ、。下に来れるか?」
「待って、今行く!」

高揚した気分を抑えられないまま、私は階段を駆け降りて、弦一郎のもとへと走る。

「ベル、鳴らしてくれれば良かったのに。」

「いや、休日のこんな時間に迷惑かと思ったんだ。」

休日のこんな時間にベルも鳴らさず玄関前にたっている方が、ある意味迷惑だと思うけどね。

「どうしたの?まさか、私が恋しくて会いに来た?」

笑いながらそう言ったら。

「いや、が会いたがっているんではないかと思ってな。」

ああ、もう、バレていたのかも知れない。
けれど、ここで認めてしまうのもなんだか悔しい。

「そんな訳ないでしょ。」
「…あぁ、そうだろうな。」

「嘘をつくな」とでも言われるかと思ったら、まったく検討違いだった。


「…冗談だ。」
「はい?弦一郎が冗談言うなんて珍しいね。」

「…会いたかったのは、俺の方だ…。」


いきならそんな事言うものだから、驚いてたら。

とん、という音と弦一郎。

私の目の前いっぱいに広がる、弦一郎。


「…ねえ、弦一郎。今日私、弦一郎に驚かされてばっかりなんだけど?」
「すまない…。」
「いや、良いけどね、別に。」
「嫌いか?」
「は?」
「こういう男は嫌いか?」


上を見たら、恥ずかしそうに、でも少し不安そうな弦一郎の顔。


「馬鹿じゃないの、弦一郎。」


会いたかったって言われて、嫌いになる女がどこにいるのよ。

「嫌いになんかなるわけないでしょ?」


それに、会いたかったのはお互い様なんだから。

きっと、私の方が、ずっと会いたかったんだから。



「弦一郎、偉い偉い。」
「…なんだか馬鹿にされているようなんだが?」
「違うよ。」

ちゃんと、私の事考えてくれてたんでしょう?

ちゃんと、私に会いたいって思ってくれたんでしょう?



なら、大丈夫。



「嫌いになんか、ならないから。」


そう言って笑うと、弦一郎も笑った。

たかが合宿でこれなんて、これから先もっと離れる事があったら、私たちどうなるんだろう?
でもきっと、その時も弦一郎は会いにきてくれるだろうし、今度は私からも会いに行くから。

きっと、大丈夫。



何処で何してたって、私は貴方が大好きだから。

だから、ずっと私の事を考えていて。