きっかけなんて単純だった。
ただ、ちょっといつもより空が遠くなった気がして、その差を縮めようとしただけ。






A near sky, the narrow world.






古く錆び付いた、重いドアを開けると、ギィという嫌な音が響いた。
校庭で部活をやっている声が少し遠くなって、空が思い通りに近くなる。

満足気に空を見上げていると、先刻の錆び付いた音がもう一度響く。
その音に反応して後ろを見れば、確かどこかで見た気がする顔。

「自分、4組のさんやろ?何してん?こんなとこで。」

にやっと笑うとこっちに向かって歩み寄ってくる。
その顔で思い出した。
テニス部レギュラーの、『忍足侑士』だ。
……目の前でやっている、テニス部の。

「そっちこそ。お仲間たちが探してるかもよ。」
「ええねん、そんなん。俺、さんの事見つけたから来たんやで。何してんかなー、て。」

目先1m位の場所で止まると、「教えてぇな」と笑う。

「空、見にきた。」
「ふぅん、好きなん?空が。」
「好きだよ。」

少し空を見上げて言った。

「えらい遠恋やなぁ、さん。」
「まぁね。だから近くに来てる。」

自分が聞いてきたくせに「へぇ。」と興味があるんだか無いんだか分からない返事。

そのまま更に一歩近付いてきて。
なぁに、と言いながら少し後ろに後退りをすると、くくっと喉を鳴らして笑った。

「そんな警戒せんといて。何もせぇへんよ?」

苦笑い気味で、すっ、と手を上げて、そのまま上を指差した。

「何?」
「曇ってんで、少し。」

確かに快晴とは言えぬ天気で。

「良いの。眩しかったら、見えないでしょ。」
「あぁ、せやなぁ。せっかくの好きな人やもんなぁ。」

人を馬鹿にするように…いや、人を馬鹿にしてる。

と、下から聞こえた、苛立ったテニス部部長の声。

「ほら、呼んでる。」
「気にせんでええよ。いつもやから。」

不真面目極まりない台詞を吐いて、未だ笑ったままの忍足君は、また話し始めた。

「せやけど、好きなもんが遠いなんて嫌やないん?」
「まあ、近付いてみたいから此処にいるんだけど。」
「あぁ、そか。俺、好きなもんは近くに置いときたい主義やから。」
「へぇ。」

さっきの忍足君のように。
興味なさ気に返事をした。

「なぁ、さん、俺の事知ってるん?」
「今更?散々喋っておいて。」

いきなり来て話し出したくせに、何を急に。

「や、まぁ、そこは気にせんといて。で、どうなん?」
「『忍足侑士』君。1組でしょ?テニス部。」
「なんやそれだけか。」
「あぁ…サボり魔で失踪者?」

まだ響き続ける部長の方を見ながら言った。
そんな軽い冗談めいた言葉を無視して話す。
この辺り、自己中心的?

「俺は、さん知ってんで。4組で、いっつも宍戸とおるやろ?」
「あぁ…」

そういえば宍戸はテニス部だった。
思い出したような顔をしてたと思う。

「それだけ?あたしと大して変わらないと思うけど。」
「知らない事が多い方が良いねん。」

訳の分からない事ばかり言う彼に、思わず怪訝な顔をしてしまった。

「近くにおったら、そのうち新しい発見やってぎょーさんあるやろ。」
「は?」

あぁ、話せば話すほど意味が読み取れない。


「俺、さんの事、好きやで。せやから、近くにおって?」


「え?」
「近くにおって。ずっと、俺の近くに。」

急に真面目な顔になって。
そんな事を言われて。

どれだけ、あたしを困らせるのか。
どれだけ、あたしを落としていくのか。
きっと分かっていてやっている。

「な、返事は?」

もう、分かっているだろう、多分。
これだけの間しか話なんてしていないのに。
この言葉が出てこない。

「近くに、いるよ。」

「良かったわ。」
「そう。」
「もう少し喜んでぇな。」
「そうだね、良かった。」
「…心篭ってへん…」




空と差を縮めたくて、此処に来た。
少しでも大好きなものの、近くにいたくて。
でも、差を縮めたのは空だけじゃ無かったみたい。